めちゃくちゃやったゲーム
ゲームをやっている人なら誰しも、自分の少年時代を作ったゲームがあるはず。
大人になった今switchの有機ELやPS5を買いあさり、新作や興味深いゲームが出れば購入することができるようになっている。
あぁ大人になったなぁと思いながら、ふと、あれ?おれ一つ一つのゲームに本気出せてない…と感じる。
最近ではモンスターハンターワイルズ、シビライゼーション、ナルティメットストームだのなんだの、いろいろゲームを買っているのにも関わらず、どれも極めていない。なんだか中途半端なところで終わってしまう。
少年時代に比べて時間が無くなったと言われれば確かにそうなんだけど、確実に言えるのは、子どもの頃よりゲームを大切に思えていないこと。なんでも手に入る環境というのが逆にそのもののありがたさというか思い入れがなくなってきている。
まだビデオで録画をしていた幼稚園や小学校のころ、暇なときはピカチュウのなつやすみをみていて、おんなじコイルが増え続けるシーン本題とは関係ないつなぎのところで笑っていた。たぶん冗談抜きで100回は見ているはず。だからいまだに20年以上たった今も大体の内容を覚えている。ナレーターがどんなことを話していたのかも。
手に入らないならあるもので遊ぶし、手に入らないからこそ手に入ったときに喜びが大きい。
自分の父親は今思えば周りの親に比べ金はあっただろうけど、自分にあまりものを買い与えはしなかった。
ナルティメットヒーロー2を買おうとした時、こんなゲームやらせないって言われたのを覚えている。確かに今思えばナルトが怒った顔でこちらを向きながら、背後霊のように何人ものキャラクターの顔がきれいに整列され、みんな微妙な表情でこちらを見ているパッケージを見ると、確かに始めてみる人は、このアニメは何なんだろうと思う。
その日は結果的に買ってもらえず、でんじゃらすじーさん、史上最強の土下座というゲームボーイアドバンスのゲームを買った。死ぬほどやりこんだ。
ラチェットクランク1、2、3なんか、穴が開くほどやった。クラッシュバンディクーレーシングもめちゃくちゃにやった。
そういえばファミコンのドラクエ5はいつも奴隷から解放されるたびにデータが消去されていたので、少年時代から奴隷時代を無限ループするという真の意味の地獄を小学校の低学年で経験しており、よくぐれずに育ったなと思う。
ちなみに初めて大人になって、スマホのアプリでドラクエ5のアプリがでて初めてクリアした。少年時代から止まっていた時間は大人になって初めて動き出した。私にとってのドラクエ5のサブタイトルは過ぎ去りし時を求めてだな。
初めて嫁どっち選ぶ?の真相が分かったときの快感は忘れられない。フローラがよくわかっていないから腸内フローラの話かと思ったくらいだ。主人公が下痢をして、乳酸菌を飲むイベントでもあるのかなと思っていた。少し盛った。
あ、ちなみにうんこは水分をのぞけば3分の1は腸内細菌らしい。腸内フローラは腸内の表面にお花畑のように細菌が埋め尽くされていることから腸内フローラ(フローラはフラワー由来)と呼ばれている。だから食事中トイレに行くことをお花摘みに行ってくるねというのは、今思えば腸内フローラを摘みに行く、つまりうんこするって意味だったんだな。なるほど納得納得。
話を戻すと、そんな感じで少年時代を形作ったゲームがあるのは、ゲームがなかなか手に入らないという状況が、ゲームに対する思い入れを深めたんだと思う。
昔はたまに連れて行ってもらえる100円寿司が大好きだった。、いまだに大好きだけど、飲み会に行くと今や4000円~5000円取られ、二次会三次会と重ねていくと平気で10000円取られる中で、100円寿司の2000円が霞んでしまうほどだだから、昔ほど100円寿司に喜べていないかもしれない。
不自由があるから楽しい、手に入らないからほしいのである。だから最近は給料が増えた分は貯金をして生活水準を変えないようにしている。使えるお金を制限して常に一定のもので満足していたい。まぁなんだかんだそれができずに使っちゃうんだけど…
そういや、少年時代しぬほど遊んだうまぽりぃというPSのゲームあれ面白かったな。いまだに面白いと思うからみんなやってみてはいかがでしょう。
それじゃまた