エッセー社会人

自由に、雑に、思ったことを書くだけです。

値段感覚の崩壊

お金には価値の尺度を測る役割がある。

 

別に物価の上昇の話をしたいのではなくて、これ本当にその価値ある?ってものだったり、これもっと高くていいんじゃない?って思うものがある。

 

たびたび、この世の中のモノの値段が100%自分の満足度に変わったら、どんな値段をつけるだろうと考える。つまり、そのものの希少性を度外視して、流通だの中間マージンだの、そんなの一回抜きにして、自分本位のモノの値段をつけてみたくなる。

 

希少だからうまいというバイアスを取り外していけば無駄な出費は防げるだろうし、世の中これが安い世界でよかった。みたいなものの見方ができる。

 

ちなみに個人的に値段をつけるとは、面白い漫画は高くなるし、つまらない漫画は安い。美味しいお菓子は高いし、美味しくないお菓子は安い。そんな感じ

 

 さて寿司で言うのであれば、ウニは150円だと思う。サーモンは300円で、マグロの赤身は120円、アワビは50円でミートボール寿司は250円。

 

ちなみにミートボール寿司はスシ○ーで売ってた個人的人気商品である。あれはうまい。何故消滅したのだろうか。小学生だった自分はスシ○ーはミートボール専門店だと言わんばかりの勢いで、魚には目もくれずミートボール寿司を食べていた。やっぱ350円だ。

 

 お菓子はどうだろうか。チョコボールのイチゴ味は150円、チョコミント系は全部1円だ。むしろお金を払ってほしい。あとチョコレートとオレンジが混ざったような奴。あれも1円だ。ポテチはサイズにもよるが割と妥当な値段に感じる。セブンイレブンに売ってるココナッツチョコあれは300円だ。うまい。板チョコアイスは2万だね。あれはアイスの完成形。

 

 こんな感じで自分なりにモノの値段を測ってみると、チョコボールは毎日セールをしている感覚になるし、ウニは一生買わなくなる。

 

 モノの値段って生まれたときから与えられた価値によって、そういう値段のものだと錯覚を起こしているもんだから、高いものが美味しい、安いものがまずいという見方になってしまう。

 

 高くて食べられないものばかりに目を向け、安くてうまいものを食べている幸せを享受できない人間にはなりたくない。

 

 ちょっと話はでかくなるけれど、自分自身の価値もなんだか他者目線で決まっている気がする。以前とあるyoutubeで、将来の夢というとなぜか職業を言う。これって怖い事じゃないか?みたいな話し。その中にはバカとかブスよりも「お前仕事できないよな」のほうが傷つくという話もあって非常に面白い内容だった。

 

 うーん確かに、仕事をお金を稼ぐ術としか思っておらず、そこに何の価値も見出していない向上心のない人間が悪のように扱われることへの違和感を感じていた。けどそれは社会が生み出した価値観に雁字搦めにされた結果なのだろうか。

 

 でもそんなこと言ってると、人間本来の生物的欲求は何か!みたいな話になって結局自由主義に行きつきそうな気がする。

 

 値段にしろ、夢にしろ、もちろん社会が与えた価値が絶対的だとは思わない、けどその価値にのっとって幸せを享受しているのも事実だし、これについてはもっと自分の考えが熟達したら考えよう。

 

 まぁとりあえず、自分の感覚でモノの値段を考え、無駄な出費を避け、お金をためてS&P500にぶっこんで、今まで何だったのかってくらい無駄なお金の使い方したいね。意味不明なガチャガチャとか回しまくったり、よくわからないソシャゲに廃課金して世界一取ったりさ。

 

 明日から仕事だ。がんばろ。特に毎日登校とかは目指してないので、気ままに更新。