トイレ
運転中急激におなかが痛くなって、コンビニのトイレに入りました。
んで、はいって1分後くらいに強めにノックをされました。
別に長居していたわけではないのに、トイレでノックをされました。
長居をしていたのであれば、早く出てほしいとか、倒れてませんか?みたいな確認だろうというのはわかりますが、
入って1分くらいしかたっていないので、おそらく
「あ、トイレ行こう~、え、だれか入ってんじゃん、ノックしよう」
みたいな感じだったんでしょう。
トイレで実際に強めにノックされた方ならわかると思いますが、
めっちゃ焦るし、めっちゃ申し訳なくなるわけですよ。
別に生理現象なのに、なんかトイレの外の世界すべての人に迷惑をかけているのではないか?って気持ちになるわけです。
しかし、こちとら、ノックされたとて、腸の動きが活発になるわけではないし、
むしろびっくりして交感神経が働き、腸の動きが抑制されるわけです。
しかも強めのノックってめっちゃ威圧的に感じるし、たぶんノックしてる側も、威圧してると思うんですよ。
んで、早々にトイレから出ると、そこには誰もいませんでした。
そして、僕が少し離れてから、金髪の人がササっと入っていきました。
別にノックをした人だって言っているわけではありませんが、
その人がノックをしたのであれば、僕が離れてからじゃなくて堂々とそこで待っていればいいわけで、
「いやぁ、緊急事態だったんです~」って感じだして入っていけばいいじゃないですか。
なぜ自分がノックした人間であるということを隠すのでしょうか。
さらに言えば、その人がノックした人じゃないのであれば、
きっとノックした人は、ほかのトイレを使ったんだと思いますが、
ほかのトイレ使う選択肢があるなら最初からノックなんかする必要ないじゃないですか。
んでね、ふっと、
トイレの中と外ってツイッターみたいだなと思ったわけです。
中の人に、顔が見えないのをいいことに、外の人は、トイレのノックという高圧的な態度に出られるわけじゃないですか。
更にはお互いの深い事情を知ることなく、表面的な、”トイレに入っている”という行為だけにリアクションをするという面においても。
トイレはツイッターだと思うんです。
きっとトイレとツイッターが似てるからですね。
初めての記事はトイレについてTOTOと語る、腸文になりました。
滔々(とうとう)は、水の流れや人の話が勢いよく淀みなく流れるさまっていうとこと、腸って大腸と小腸合わせると7~9mくらいあってとても長いっていう、いろんな意味でかかってるすごくてすごいかけ方なので、
トイレについて話すときの落ちとして、合コンとか、町コンで使うとバカ受けしますよ。
おわり。